東京理科大学の駒場慎一教授らの研究グループは、**希薄電極法(Diluted Electrode Method)**という特殊な評価手法を用い、次世代電池として期待されるナトリウムイオン電池の負極反応速度を定量化しました。その結果、ナトリウムイオンはリチウムイオンよりもハードカーボン(難黒鉛化性炭素)内を速く移動し、低温環境でも高い性能を発揮することを世界で初めて実証しました。
1. 研究の核心:なぜ「ナトリウムの方が速い」と言えるのか
従来の評価法では、電極内の複雑な構造が邪魔をして、材料本来の性能(イオンの移動速度)を測ることが困難でした。本研究では活物質を希釈することで、その「本質」を浮き彫りにしました。
- 移動速度の指標(見かけの拡散係数:Dapp)
- ナトリウム: 10-10 から 10-11 cm2/s
- リチウム: 10-10 から 10-12 cm2/s
- 結果、ナトリウムの方がハードカーボン内をスムーズに移動できることが判明しました。
- 温度変化への強さ(活性化エネルギー:Ea)
- ナトリウム: 約 55 kJ/mol
- リチウム: 約 65 kJ/mol
- エネルギー障壁が低いため、極寒の環境でも充電性能が落ちにくいという特性を持ちます。
2. ナトリウムイオン電池が注目される背景
リチウムイオン電池(LIB)が普及する一方で、リチウム資源の偏在や価格高騰が課題となっています。
- 資源の豊富さ: ナトリウムは塩の主成分であり、地球上にほぼ無限に存在するため、劇的なコストダウンが可能です。
- 安全性: LIBで使われる銅箔の代わりに安価なアルミニウム箔を負極に使えるため、過放電による劣化が少なく、輸送時の安全性も高いのが特徴です。
3. 今後の展望:実用化へのインパクト
本研究により、ナトリウムイオン電池が「単なるLIBの安価な代替品」ではなく、「急速充電」と「耐寒性」においてLIBを凌駕するポテンシャルを持つことが証明されました。
- 主な用途:
- 寒冷地での電気自動車(EV): 冬場の航続距離低下や充電時間の増大を解決。
- 大型蓄電システム(ESS): 再生可能エネルギーの貯蔵において、安価で高出力な電源として期待。
- 急速充電インフラ: 既存の黒鉛負極LIBと同等以上の充電速度を実現可能。
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なぜ「ハードカーボン」なのか
リチウムイオン電池では「黒鉛(グラファイト)」が主流ですが、ナトリウムイオンはサイズが大きいため、黒鉛の層間には入りにくいという性質があります。一方、ハードカーボンは構造がランダムで隙間(ナノ細孔)が多いため、大きなナトリウムイオンを大量に、かつ高速に取り込むことができ、ナトリウムイオン電池の負極として最適とされています。
希薄電極法の重要性
今回の研究で使われた「希薄電極法」は、活物質粒子をバラバラに配置することで、あたかも「選手一人ひとりの全力疾走を正確にタイム計測する」ような状態を作り出しました。これにより、これまでの「集団(厚い電極)での動き」では見えてこなかった、ナトリウムイオンの真の実力が明らかになったのです。
用語・単位解説
- ハードカーボン (Hard Carbon): 難黒鉛化性炭素。高温で処理しても黒鉛構造にならない炭素材料。
- kJ/mol (Kilojoule per mole): 反応に必要なエネルギー(活性化エネルギー)の単位。値が小さいほど反応が進みやすい。
- cm2/s (Square centimeters per second): 拡散係数の単位。イオンが単位時間に移動できる広さを示す。
- SEI (Solid Electrolyte Interphase): 電極表面に形成される保護膜。電池の寿命や充電速度に大きく関わる。


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