香港中文大学を中心とする研究チームは、リチウムイオン電池の発火リスクを大幅に低減しつつ、寿命も大幅に延ばす新しい設計の**電解液(溶媒リレー戦略)**を開発しました。これは、これまでトレードオフの関係にあった電池の「安全性」と「性能」の常識を覆す可能性を秘めています。
1.画期的な安全性と性能の向上
| 項目 | 新開発の電解液 | 従来の商用電解液 | 改善点 |
| 安全性(釘刺し試験) | 温度上昇が3.5℃未満 | 温度が555.2℃に到達 | 釘を刺しても発火・爆発の兆候なし |
| サイクル寿命(1000回充放電後) | 容量を**81.9%**維持 運転時間で4,100時間相当 | 運転時間で1,000時間 | 負極に安定した膜が形成されるため |
2.核心となる新技術:「溶媒リレー戦略」
今回の研究チームは、電池の性能を高めるためにリチウムイオンと陰イオンが強く引きつけ合う「イオン会合」(イオン会合状態のほうが良好なSEI形成に有利)の状態が必要だが、イオン会合が強すぎると電池の発熱開始温度(Tonset)が下がり、低温で危険な熱暴走が起きやすくなるという逆説的な現象を突き止めました。
このトレードオフを解決するために、研究チームは「溶媒リレー戦略」を考案しました。
- 低温(通常時): イオン同士を強く会合させる(電解質の解離度が小さい)環境を作り、負極表面に安定したSEI(固体電解質中間相)膜を形成させ、長寿命化に貢献します。
- 高温(異常時): イオン会合を弱めて電解質の解離度を上げることで、危険な化学反応が起きるための活性化エネルギーが上がり、発熱反応を抑制して安全性を確保します。
- この解離度のコントロールを2種類の溶媒を利用することで行うのが「溶媒リレー戦略」
- 低温時は解離を阻害する溶媒で電解質を囲み、高温時には解離を促進する溶媒が働き解離度を上げる
この技術は、まるで温度によってイオン同士の結びつきを「スイッチ」で切り替えるように制御する、極めて巧妙な分子設計です。
3.従来の安全対策の限界と新しい視点
これまで、電池の安全性を高める方法として、難燃性の添加剤や難燃電解液が試されてきましたが、これらは内部短絡による熱暴走そのものを防ぎきるには不十分でした。
今回の研究は、熱暴走の根本的な原因の一つが「強すぎるイオン会合」にあるという新しい視点を提供し、その根本に働きかけることで安全化を実現しました。
4.実用化への期待と課題
| 期待される効果 | 課題・展望 |
| 電気自動車(EV) | 熱暴走リスクが低減され、冷却装置や防爆構造の簡素化・軽量化が可能になる。結果として、EVの航続距離向上やコストダウンに繋がる可能性がある。 |
| 小型電子機器 | スマートフォンやノートPCなどの発火・発熱トラブルが激減し、より高容量かつ高速充電可能なバッテリーの搭載が可能になる。 |
| 拡張性 | 既存のリチウムイオン電池の製造ラインを比較的利用しやすく、将来的にはナトリウムイオン電池などの次世代電池への応用も期待できる。 |
この研究は、私たちの身近なデジタル機器から社会インフラとしてのEVまで、電池が関わる全ての分野に「安心」と「高性能」をもたらす、大きな一歩と言えます。


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